☆規則とルールと常識について

たまに、読売新聞サイトの発言小町を見ます。内容は、いろんな悩み相談や同意の意見を求めて発言者が書き込み、それに対していろんな人が見解を書き込む訳ですが、最近読んでいると面白い傾向があります。

これまではだいたい書き込む内容は、書き込む人が常識的に正しくて、それに対していろんな常識的な意見が出るのですが、最近はその傾向ではなく、普通から見たら非常識なことを、その書き込む人は常識だと思って書き込むのですが、案の定、全てではないですが、あなたがおかしいですと書き込みされます。それに対して考えを改める人もいれば、受け入れられなくて、話が平行線をたどる場合もあります。だいたい後者になります。当然、その人が常識だと思うことを、違うと言われてもにわかに受け入れることはできませんよね。

そこで思うのは、普通でないことを、常識と信じて疑わない人が多いことです。今まで育った環境や間違いを誰も指摘しない状況、その親から生まれた子供も当然そう言う考えになります。

 

投資やお金の話ではないですが、社会と共存するためには、その場に合った規則やルールに従う必要があります。

規則は、法律であったり、条例であったり、会社でですと、就業規則になります。違反を犯せば、罰則となり、社会的な制裁を受けます。

次はルールです。こちらは、例えば電車を利用する上でのルールやスーパーで買い物をする上などがルールにあたると思います。そのルールに従わないのであれば、そのものを利用できないのが一般的な考えです。法律的な強制力はありませんが、それを運営する会社としては、利用を拒否することができます。

最後は、常識です。ここが、厄介なもので、常識は人によって違いますし、時代によっても変化します。変な話、それに賛同する人が多ければ、これまで非常識でも、それが常識になることも多々あります。自分が常識だと思っていても人から見ると非常識になる場合もあります。

その場面の周りの人が何を常識と考えるかによると思います。周りの人の多数決により、何か常識かが判断されると考えて問題ないと思います。若い人ばかりの会社と老人ばかりの会社では常識は全く違うかもしれません。いろんな家族の集まりでも、どの世代が多いかにより常識も変わってきます。

自分が常識だと思っていることを、あまり意識しすぎると、生きづらい世の中になってしまいます。周りを見ながら、今の常識、その場所の常識があることを考慮して、柔軟さも持つことが必要と感じる今日この頃です。

若い人が間違っている訳でも、年寄りが正しい訳でもありません。自己中心的な考え方が常識にならなければ良いなぁと思います。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。

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